作家の言葉
井戸は、
暮らしを見てきた。
水を汲む人。誰かを待つ人。
出会い、子を育て、別れ、また日々を生きる人。
その喜びも、言葉にならなかった悲しみも。
井戸と古典
古代、水汲みの場は、人と人が出会う場所でもありました。日本最古の和歌集『万葉集』には、こんな歌が残されています。
青柳の 萌らろ川門に 汝を待つと
――『万葉集』巻十四・三五四六
清水は汲まず 立ち処 平すも
柳が芽吹く川のほとりで、あなたを待っている。
清水を汲むことも忘れ、今か今かと行きつ戻りつ、
立っている地面を踏みならしてしまうほどに。
水を汲みに来たはずなのに、心は待つ人へ向かっている。その足もとの動きまで伝わってくる歌です。
井戸のそばで育った男女の恋は、『伊勢物語』の「筒井筒」に描かれ、やがて能『井筒』へと受け継がれました。水面に面影を求める心は、時を隔てた私たちにも響いてきます。
作品への想い
井戸の周りには、どんな暮らしがあったのでしょう。
湧き出る水の恩恵と、その水をめぐる争い。
子を育てる喜びや悲しみを語り合う女性たち。
疫病を退け、命を守りたいと願う祈り。
命を生かす水は、死者の身体を洗う水でもありました。
私は、そうした風景を想像し、井戸が見てきた人々の心に耳を澄ませ、恋の歌も、暮らしの声も、祈りも、失った人への嘆きも、この作品のうちに息づかせる。
『曝井(さらすい)の鬼』は、パートナーを亡くした現代の女が、自分の命を見つめ直そうと古井戸を訪れる物語です。
古井戸を訪れた女は、その心をひたぶるに感じてゆく。
先人たちが生き、次の誰かへとつないできた、言葉には尽くせない「命のなにものか」に触れてゆく。
やがて、鬼となって現れる女の、生命の嘆き。
その嘆きに、観客の皆さまも共に震えてくださるか…。
そんな願いを込めて、『曝井の鬼』を初演する。












